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2007年8月15日 (水)

チュニスのパターン室

数日前に、中国の工場時代の事務所の話しをしました。

今日は、アフリカに飛んで、チュニジアはチュニスの繊維技術センター時代に、私の席があった、モデリスト(パターンナー)達の部屋の一枚です。

Img_2849

←←左がマダムミコ、そして右が同僚のパタンナーのひとりです。
この一枚も、日本への帰国が迫った頃のことです。
確か、彼女のカメラで撮って、私にプレゼントとして焼いてくれました。

ここは、私のデスク、私の後ろには棚があり、そこには、同僚達のコレクションの仕掛りが入っています。同僚達の手が空けば、私との仕事を進められるのですが、来客や、資料作りなど国の機関に勤める人たちは、結構雑用に追われていました。
それに、いざ、やろうと思うと、ミシンのあるアトリエの使用許可願いを出していず、すぐには手配ができなかったり・・・と、ものごとが簡単には進まないのです。

写真に戻って、彼女は、家が同じ方向だったので、車のない私の通勤の足になってくれました。
朝は電車に乗って彼女の家まで行き、車にのせてもらいます。帰りは、最寄のメトロ(地下鉄ではなく市電)の駅で降ろしてくれます。時々、実家に預けた二歳の女の子を迎えたりもしました。このひとときは、私にとって本当に幸せな時間でした。仕事中は気楽そうに振舞っていても、言葉の問題、仕事のやり方の違い、アジアとアラブの考え方の違い、実は緊張の連続でした。でもこの二歳の女の子は東洋人の私をキャラクターかアニメの主人公のように妙に気に入ってくれて、「ミコ」「ミコ」と呼びました。
彼女はアラビア語、私はつたないフランス語、全く言葉は通じないのですが、心休まる時間でした。

母親である同僚は、今でも時折私にメールを書いてきます。
会ったことのない私の家族を気遣い、自分の家族の様子を教えてくれます。
遠い国へ戻ってしまうと、なかなかつながりを続けるのは難しいものです。
日本の悪いニュースを聞くと「ミコ、サバ?」(ミコ大丈夫?)と・・・。
こんなメールをもらえることも、海外で現地の人々と一緒に仕事をする、おまけのような、でも誇りに思える宝です。

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