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2011年3月27日 (日)

昔の話 京都から釜石 箱崎へ~いま津波の釜石 箱崎

むかしの話しです~~~~

東北を行き来して商いをしていた京都の商人がいました。
出かけた岩手県の先で、行儀見習いをしていた娘を見初めて、お嫁さんにしたそうです。そして、その娘の実家の辺りの美しい海に近い箱崎という小さな町(今は釜石市箱崎町)に住まいを決め商店を始めました。働き者の夫婦の商店は、その後、三代目と四代目の現代へと引き継がれました。

この京都の商人は、私の母で和裁のお師匠のみっこさんのおじいちゃんでした。みっこさんの女学校の頃は、京都から親類やこどもが夏休みなどによく来ていたそうです。みっこさんのおじいちゃんは京都の珍しいものもきっとたくさん見せてくれたに違いありません。

私も、自分のルーツの一つが京都だったことをすっかり忘れていましたが、まだ母が若い頃は、京都にいる親類と両親はやりとりがあったことを思い出しました。親たちが年取ったので、自然と付き合いがなくなったのでした。先日の地震のあとで母と居る事が多くなり、被災の釜石の親類の話やご先祖様の話しをしていて、思い出しました。

東北関東大震災の津波はふるさと釜石にひどい被害を与えてしまいました。あの頃の美しい景色はなくなり、人命や家を失いました。一瞬の差や偶然が生死を分けました。京都から来たおじいちゃんが作りその後の代が継いだみっこさんの実家もなくなりました。

※ブログを見てくださっている皆さん、なかなかその後書けず心配をかけました。ブログから箱崎つながりで親類を探していた皆さんは、皆、避難所など情報で見つける事ができたそうです。

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いとこがネットで見つけた釜石 箱崎の現在の様子です。
二つ目のリンクの方の津波後の写真を見ると、どうやって元気を出してもらうのかわからなくなってしまいます。でもどうか道を見つけて元気を出して。私も何ができるかよく考えたいと思います。

写真集をお借りした方ありがとうございます。

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津波の跡の写真情報を集めてみました。

<吉里吉里~大槌~鵜住居~水海の空撮>
鵜住居駅周辺は酷いです。

http://saigai.gsi.go.jp/mosaic/pdf/C11-09-16.pdf


<箱崎、箱崎白浜に入った方の現地写真>
https://picasaweb.google.com/yosuke1026/2011323PhotoBy#

箱崎小学校の屋上に瓦礫が流れ着いていたり、墓地の庵寺の下の家まで流されていました。他にたくさんの釜石の地震後の写真があります。

<明治三陸地震と同規模を想定したハザードマップ>
http://dsel.ce.gunma-u.ac.jp/simulator/kamaishi/

明治三陸大津波を想定したハザードマップでは鵜住居小学校、東中学校、鵜住居駅周辺は大丈夫ですが今回は想定をはるかに越えていました。

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それから福島の原発もひどいことになってしまいました。
こうなってしまった問題は複合的なものですが、深く考えて生きてこなかった自分にも責任があるように思います。未来を壊したかもと。そう考えていたらチュニジアつながりのともだちがそんなことをブログに書いていました。
未来の犠牲の上に成り立つ社会
(流れ星ネコちゃんのご主人さん(事後承諾)リンクさせて頂きました。)

深く考えて行動しないといけない。心に誓い行動したいと思います。

マダムミコ

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