2010年11月30日 (火)

洋裁検索ならマダムミコチャンネル!!! マダムミコのプロフィール

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今日はご紹介するおけいこの様子がないので、マダムミコにまつわるお話を書きます。

【洋裁検索ならマダムミコチャンネル!お礼とお願い】
ブログマダムミコチャンネル、コメントは少なめですが、洋裁を楽しく学ぶ生徒さんの毎回の様子をお知らせしているので、親しみやすいのか、ハンドメイド興味の方々に詳しく見て頂いているようでアクセス数はけっこうあります。熱心におけいこに取り組む生徒さん達のお陰ですね、いつもありがとうございます。

このブログも4年くらいになって、洋裁用語で検索できる事が多くなり、知らない他の方のブログの洋裁用語の説明にそのままリンクされたりすることがあります。洋裁を楽しむ方々のお役に立てて幸いですが、素人の方なら説明が困難だからリンクも当然なのですが、プロの方は、ぜひリンク前にお知らせいただけるとうれしいなと思います。どうぞよろしくお願いします。
洋裁検索ならブログマダムミコチャンネル!皆さんと共に、洋裁好きさん達を応援して、手作りの楽しい輪を広げましょう!ですね!!!

【マダムミコの洋裁履歴や海外での仕事にまつわるお話】
本題~マダムミコのことを書きましょう。先に書きましたが、コメントの少なめなこのブログなんですが、メールはたまに頂く事があります。私の洋裁履歴や海外での仕事に関する事が多いです。その都度のお返事をできる限りしていますが、ちょっと前にまとまったお返事を書いた事があるので、なくさないうちに、その内容を今日は載せようと思います。
今後のお応えは、これで済ませるという魂胆もあるのですが(笑)、ご了承くださいね。

~家庭~学校~就職~独立~
私は子供の頃から好きで洋裁をしていました。母と洋裁の雑誌“装苑”が先生でした。母は若い日に一年だけ地方の洋裁学校で学びましたが、専業主婦です。母が幼い頃から殆どの服を縫ってくれたので、家の中には縫いかけの服や型紙がいつもありました。そんな環境だったので、興味を持ったし、すぐ型紙を作ったり、生地を裁断したり、教えてもらう事ができたので、高校を卒業する頃はひととおりの家庭洋裁で作れるような服は縫えるようになっていました(これは2人の姉も同様)。高校を卒業して、当然のように洋裁学校へ進学しました。学校では一般過程の二年を過ごして縫製の専門課程までの3年を過ごしました。卒業後アパレルに入社、所属ブランドの重衣料(コート、スーツやワンピースのことです。)の担当になり、先輩に教わりながらデザインとパターンをシーズンごとに作っていました。当時のアパレルはデザイナーがパターンを作成していたので、デザイン画から立体裁断を、商品作りというプロの仕事として覚える事ができました。独立心があり、数年でフリーになったところ、幸いにも、友達や知人の伝で、産業パターンや顧客オーダーの仕事をいただけるようにようになり、それからしばらく、自分のアトリエで二つの仕事を主に請けて過ごしました。

~プロ数年の経験で技術が身に付くのか~
確かに、学校で学ぶことは基礎のほんの一部ですし、アパレルの数年の経験で、技術が仕上がるはずはありません。学校時代には、真面目に学ぶことはもちろんですが、他の時間はどんどん創作服を縫っていました。きっといつもオリジナルな変った格好をしていたと思います。作りたいもの仕上げるために自然に技術が高まったりします。アパレルは、仕事ですから、妥協は許されません。本人の妥協ではなく、会社として妥協されないのですから、厳しいです。売れなかったら、意味がありません。望まれることを実現できるデザイナーやパタンナーにならなければ用はないですね。ブランドが自分の個性とかなりあっていたので、楽しいから、残業しても展示会までの作品作りを延々としていたように思います。子供のころからの服飾に対する興味と知識も助けとなりました。フリーになって偶然知り合ったオートクチュールの先生のアトリエに勉強に通ったこともありますし、プロのパタンナーが通う講座を受けてパターン技術を高める努力もしました。こんなふうに過ごして総合的に自分なりの方法を見つけていきました。
学校や数年の社会経験では確かにオートクチュールは難しいですね。人との出会いの運や生まれ持った個人差があるのでなんとも言えないと思います、そして技術をたかめる努力に終りはないと思っています。

~海外の仕事 特にボランティアのこと~
海外の仕事は、技術ボランティア制度への参加がきっかけですが、年齢は高くなってからです。そのときは既に仕事の経験がかなりあり、カルチャースクールなどでの講師の仕事もしていました。また下手ですが、語学も勉強していました。自分がやりたいと思うのはもちろんですが、自分が役に立つかどうかは自分が決めるものではないとの思いがあるので、機会があった、今はそう思っています。
その後の海外の二つの仕事は一つは民間の仕事、もうひとつはやはり技術ボランティアです。民間の仕事は目的がはっきりしているので、むしろ目標や計画はたやすいのですが(実際にうまく行くかどうかは別ですが・・・)、途上国での技術ボランティアは、自分の知識や技術があっても、現場にあう仕事、目的を見つけるのがとても難しいです。知識や技術がなければ、なにもできないか苦しむこともあるかもしれません。
世界のたくさんの国から、途上国に、服飾に限らずいろいろな関わりがもたれています。たくさんの人に会うことができます。国の個性、人の個性、考え方一人一人が違います。私自身は仕事の方法で迷うことは余りありませんでしたが、それはある程度選び取れるいろいろな技術を身につけていたからだと思います。そして、仕事や現地の暮らしで知り合う人々とのつながりを心より楽しめるか、そんな自分自身の元気な気持ちがさらに重要なのが“海外の仕事”かもしれませんね。そのように、幾つかの国を経験し、2007年からブログマダムミコチャンネルを書き始め、10数年前に開催していた洋裁教室『洋裁くらぶ』を再開しました。

マダムミコにまつわるお話、ちょっと長かったですが、ご参考になる方もあると思います、これきりですが、お役に立てば幸いです。

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